農業の醍醐味.46回


NPO法人関東EM普及協会 顧問
(財)自然農法国際研究開発センター 理事長
天野紀宜

はじめに
 7月14日北海道帯広市の「いずみ農園」(泉吉宏さん)を訪ねた。
 泉さんは、20haの畑作物全て有機JASの認証を取得している篤農家である。20ha全て有機JASの認証を受けている人は少ない。それだけでも泉さんの農業への深い思い、技術の確かさが窺われた。今回は、この泉さんを紹介させて頂く。
 農園は、泉さんと奥さん、長男の広由樹さんの3人が従事し、除草はパートタイマーを加えてまかなっている。
 広由樹さんは、10年前高校を卒業すると同時に、自農センターの本科研修生(3月〜11月)として研修を積み、現在後継者として就農していた。


写真1 泉吉宏さん

 主な栽培作物は、ジャガイモ、人参、ライ麦、小麦、大豆、小豆、金時豆等の畑作物、同じくらいの面積で、ゴボウ、カボチャ、スイートコーン、キャベツ、ブロッコリー、カリフタワー、チンゲンサイ、長いも等の野菜を栽培している。
 売り先は、らでいっしゅぼーや生協、地元のスーパーで、大手のスーパーからの引き合いもあるが、生産がそこまで追いつかないと言っていた。
 人参は帯広の学校給食に9月から3月の間30tから40t出荷している。

有機農業への取り組み
 泉さんは、昭和58年分家して独立した。独立当初は慣行農業をそのまま踏襲した。化学肥料の多用により土壌の劣化が進み病害虫が多くなっていた。そんな時有機配合肥料を併用すると病気が軽減した。味も良くなった。有機への転換へ決定付けたのは昭和63年の冷害であった。冷害を克服していくには土を育てていくことが如何に大切かを痛感させられその年から有機に切り替えた。
 それから放線菌などの様々な微生物資材を導入した。そして、微生物をより活性化するため、ミネラルの導入もし、作物の観察を通しての研究にも取り組んだ。
 完全に有機に切り替えたのはその5年後であった。それまではまだ有機化成などを使用していた。EMとの出会いもそのころであった。EMに惹かれたのは、EMを散布すれば直ぐ効果が出るというのでなく、EMを活用することによって年々自然の力は発揮されだすという説明を聞いたからだという。

写真2 ジャガイモの花

 完全に有機に切り替えてからの3年間というものは収量は極端に落ちたという。葉物は虫にやられて出荷できないことが多かった。それでも有機農業を続けられたのは野菜を食べて頂いた消費者からの手紙であった。消費者から励まされ、それに応えたいという気持ち、良いことをしているという自負が有ったから続けられたのだという。
 泉さんは、化学肥料、農薬を使うことにより土の機能は弱り、その能力が失われてしまうことに気づき、そのことに真正面から向き合った。農業を営むのに経済性に惑わされることなく、経済性よりも土を育て、味の良い、日持ちのする健康な作物を育てるのが農業者の努めだと信じ、そこに生き甲斐を感じていたから有機農業を続けられたのだと言う。
 有機農業を続けるのには他にも壁があったという。慣行農業をしている人が農機具購入の補助申請をすると半額の補助金がもらえた。泉さんが同じ農機具の補助申請をしても補助金は受けられなかった。理由は「皆が取り組めることには補助するが、取り組めないことには補助しない」とのことを口頭で伝えられた。それでは「正式文書で返答が欲しい」と言ったがもらえなかった。そればかりか足まで引っ張られ、馬鹿にされたと言う。
 十勝地方では最近、少しは有機農業に取り組む人も増えているが、ごく限られた人たちである。これは「消費者に責任がある」と泉さんは言っていた。安心・安全・健康で日持ちが良く美味しい野菜を求める消費者が増え、その声が高まれば生産者はもっと増えるはずであると言っていた。
最近では行政の技術支援は無いかと聞くと、「私の方が技術はずっと上だから」と言って笑っていた。実際現在は北海道の指導農業士として忙しい中活躍しているという。誰にも頼らないばかりか人のお世話もしていた。
 有機農業に取り組んで様々な危機はあったが現在は順調に経営されている。農作物の売り先がでいっしゅぼーや生協、スーパーなどで、価格が変動しないので収量さえ一定で有れば収入の計算は立てられる。収量が増えればそのまま収入に反映される。今年は特に全ての作物が思った以上に良く育っているという。それはEMを活用している肉牛の堆肥が手に入り(泉さんは導入当初EMを活用していることを知らなかった)、その堆肥をパイウオーターで発酵させたものを使用したことにあるという。EMボカシは面積が広く多くは使用できないため、それを補っている。一方、慣行農業に取り組んでいる一般農家は市場出荷でその時の相場で、高い時も安い時もある。最近は安値が多いので経営の安定は大変であると言う。

圃場にて
 圃場を見学させていただいたがどの野菜も見事に成長していた。ジャガイモも見事に揃って紫の花が綺麗に咲いていた。収量も慣行農業と殆ど変わらないと言う。
 見事な人参畑、チンゲンサイ、サニーレタス、と見せて頂き、キャベツ、ブロッコリー畑で説明を受けた。

写真3 モンシロチョウも来なくなった健康キャベツ

 巻きかけたキャベツの大きな外葉は葉脈はしっかりして葉形も整い、葉は肉厚でやや上を向いていた。外葉は殆ど虫に食われていない。大きな、健康そのもののキャベツであった。先ず、モンシロチョウの青虫がいない。聞いてみると、土壌が育ってくるとモンシロチョウの好きな臭いがキャベツから出なくなるからだという。そう言えば、自農センターの農業試験場でもキャベツの畝の脇にエン麦を蒔くと、キャベツの臭いが消されてモンシロチョウの飛来が少なくなると言う結果が出ていた。ただしコナガだけは有機JASで適合資材として認められているBT剤を散布している。 昔は有機と言えば虫に食われていても売れたが、有機農業の技術水準の上がった今日では虫に食われた野菜は出荷できない。出荷時には虫が付いていないか細心の注意を払っているという。

育土
 育土は、全層に基肥を施し追肥はしていない。基肥の窒素で言うと三段階に働くよう一段目は魚粕をアミノ酸に発酵させたもの、二段目は豚糞を発酵させたもの、三段目は堆肥で一括施している。また作物によって窒素量も変えている。
 微量要素は、パソコンで検索するとどの作物がどのミネラルをどれだけ必要としているかが出ているので作物によって設計し、投入している。
 窒素にしてもミネラルにしても、それぞれの作物が必要としている以上に施さないように、ドクターソイルという簡易な土壌分析器を使って自分で判断している。その上で最も大切にしているのは、作物が病害虫に負けずに健康に美味しく育っているか観察することであると言っていた。
 化学肥料で得る窒素量を良質な資材で得ようとすると資材費は化学肥料の5倍はかかるという。自然の機能・能力を最大限に引き出そうと、自然観察に力を入れ、育土に努力されている姿に心打たれた。

秋葉和弥さんを訪ねて
 翌日北見市の秋葉和弥さんを訪問した。まさに自然を尊重し、自然を規範に順応するという農業に取り組んでいた。大変心打たれた。紙面の関係で詳しく報告できないのは残念だが機会が有れば紹介したいと思う。
 秋葉さんは、お父さんの代から自然農法に取り組んで55年、55年目の畑には大豆が見事に実っていた。経営面積は25haで、5haは地力回復のため緑肥を栽培している。 植物の力で地力を回復させる確信が掴めたと言っていた。その為、5年くらい前から20ha全ての圃場から生産される以外の有機物は一切投入していない。有機物は全て圃場内だけで循環させている。それでいて見事な作物が育っていた。
 地力の落ちてきた圃場は2年かけて地力を回復させていた。1年目の圃場を見せてもらった。赤クローバーが植えられてあったがあまり育ちはよくなかった。2年目のところを見せてもらうと赤クローバーが50cm以上に伸びてびっしりと繁茂していた。赤クローバーの根をしっかり張らせることが大切で、根が張ると此の様に育つという。翌年はどのような作物でも良く育つという。このことは秋葉さんの圃場では地力の一番低い圃場でも同じ結果となると言う。どんな圃場でも同じ結果が出るだろうと言っていた。これは長年の試行錯誤の結果偶然が重なって得た自然から頂いた知恵だと説明していた。2年有れば自然は植物を通して自らの力で地力を回復し、私たちに豊かな恵みを与えてくれることを確信することが出来るようになったと言っていた。

写真4 採種用のニンジン

 もう一つ驚いたことは20haの殆どの種は自家採種である。冬の厳しい寒さのため冬越しの人参の採種は難しいがそれにも成功した。中でも銀手亡と言う幻の豆(白インゲンで、和菓子に使われる白小豆に勝るとも劣らない美味しさがある。また、スープやサラダなど様々な料理に使うことが出来、味は最高、栽培に手間がかかるため絶えた品種)の採取に成功し、栽培することにより全国から引き合いがあり、そのお陰で一時の経営危機は乗り越えることが出来たという。自家採種は自然農法の基本で欠かせないと言っていた。

おわりに
 泉さんと秋葉さんは、自然の機能・能力を引き出し、自然の恵みをより豊かに頂いていることについては同じであった。しかし、お二人の自然を尊重し、規範に順応するという姿勢は同じでも、自然に対する関わり方は両極にあるように思えた。
自然に対してその機能を発揮するために最大の努力と、人間の関わり方を最小限にしようという姿である。どちらにも学ぶものがあり自然に対する人間の関わり方もまた多様であることを学ばせていただいた。

以上

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