農業の醍醐味.48回


NPO法人関東EM普及協会 顧問
(財)自然農法国際研究開発センター 理事長
天野紀宜

はじめに
今号では、青森市で水稲15ha、うち有機JAS認証4.93haを奥さんと息子夫婦4人で経営している福士武造さんを紹介させていただく。
福士さんのところへは、一昨年と昨年6月、8月と3回訪問した。目的は、地下灌漑排水用暗渠装置の特許申請であった。発明者は福士武造さんで、出願人は財団法人自然農法国際研究開発センターである。この灌漑法を取り上げさせていただく。

EM導入の動機など
15haの水稲の主な品種は「あきたこまち」「古代米」で、昭和60年から自然農法に取り組み、平成4年にはEMを導入した。そのきっかけは、農薬散布で体調を崩し、農薬が体調に影響することをハッキリ自覚した。その農薬が、食べていただく人にも影響するのではないかと思うようになったからである。最初30aを自然農法で試験的に取り組んだ。その時から別の微生物資材を使っていたが高価だったので、割安なEMに切り替えた。
現在では、約5haの有機JASの認証を受け、地下灌漑法により雑草対策もある程度の見通しもつき、有機JAS認証の拡大にも見通しが付いた。また、水田作業の軽減は勿論、畑作への転換が容易となり、転作による収入が安定し経営を支えている。
 過去の収量は反当たり9〜9.5俵で昨年は9.5俵だった。販売は個人消費者への宅配が主で、EMジャパンなどにも出荷している。

地下灌漑法を考えたきっかけ
 地下灌漑法は、自然農法に取り組み始めた頃から考え始めた。構造改善で暗渠排水を施したが、条件の良いところは暗渠排水は有効だったが、条件の悪い湿田は暗渠排水の成果が出なかった。どうすればこれを改善できるかを常に考えるようになったいう。特にその思いが強くなったのは、稲作専業農家の大きな問題となった減反である。4割に近い減反は大変な減収である。畑作に転換しても排水が悪いと土が荒れてしまい思うように作物が作れない。また、浪岡町ではキヌサヤが特産物だが3年もすると連作障害が出てしまう。田畑転換が簡単にできればそれも解決できる。多くの人に役立ち喜んでもらえるのではないかと思った。それらを思うと何とか改善出来ればと日夜考え、いろいろのことを空想し、夢にまで出てきたという。
転機になったのは、コップス(KOPF`S)研究会の新・地下水位制御システムFOEAS(フォアス)や、英吉工業株式会社のハイレベル圃場用地下水位調整器との出会いであった。大きなヒントとなった。丁度そのころ地下灌漑に取り組むのに条件の良い田が手に入り本格的な取り組みが始まった。
最初、暗渠排水の場合、水口をあけてもチョロチョロとしか排水せず時間がかかる。もっと早く排水する方法はないかと考えた。田に一本の溝を掘ったら見違えるように排水が良くなった。そこで、次の年地下にパイプを入れてみた。その時はパイプが詰まってしまうのではないかと考えたりして全く自信がなかった。また、水田の暗渠を給水用にも使えないかと考えた。後に特許の重要部分となる排水溝の水止めの仕組み作りに1年、吸水口の仕掛けに1年、前後3年かかった。4年目から1つの方向が見えてきたという。まず自分の田で実験し、その翌年には近くの農家1軒と宮城県で1軒取り組んでみた。大変好評で非常によい感触を得たので特許申請に至った。幸いしたことは、福士さんはお兄さんの自動車販売会社で8年働いたことがあり、その間自動車整備士の国家試験を受け資格を持っている。難しいアルミの溶接もでき大型の農機具の修理から整備まで全部自分でするという。その技術が生かされた。
この特許申請は農家の人たちから特許料を頂くためでなく、誰かに特許を申請されてこの工法が使えなくならないよう権利を保全し、誰でも使えるようにとのことで申請した。これが福士さんの強い思いであった。それ故、発明者は福士さんだが特許の出願人は財団法人自然農法国際研究開発センターになっている。ただ、国や県、農協や組合等が特許権を使用する場合は別と考えている。
福士さんの農業への取り組みは、単に自分一家の農業経営を考えているだけでは無い。農作物を食べていただく人たちの健康を考えることは勿論、多くの人たちの農業経営を考え、また、自然農法に一人でも多くの人が取り組めるようになるにはどうすればよいかと言うことを考えてのことである。例えば、田畑転換が簡単になれば経営が改善され、水田の水位が調節できれば自然農法で一番問題になる除草対策にもなる。福士さんは、此の様な考えで農業へ取り組むことを生き甲斐としている。
この地帯では秋に落水後、何日(1〜2ヶ月以上)経っても、水田の水が抜けない この地下灌漑工法を施工すると落水3週間でトラックも大型コンバインも自在に乗り入れ可能となる
夏場は周囲が水田でも明きょを掘らずに畑作ができるようになった 周囲が水田でも畑作ができる


地下灌漑法の特徴
この地下灌漑法のシステムをお伝えするのは難しいので今号では特徴を紹介させていただく。
先ず第1は施工コストが低いことだ。場所や使う材料にもよるが10aで10万円以内でだいたい出来る。
他のいろんな地下かん水システム給水装置よりも2倍以上の速度で給水でき、排水も出来る。次の作業にスムースに移ることが出来る。しかも用排水枡の仕切り弁を調節することにより、地面より1m下から地面より20cm上まで水位を自由に変えられることである。乾田、湿田関係なくどんな条件のところでも水位を自由にコントロールできることは大きい。条件の悪い湿田でも条件を良くすることが出来る画期的な技術である。従来の暗渠パイプも利用して給排水も効率よく行える。
 此の様なことから水田、畑作において、また、水田と畑作の転換に於いて多くの利点が生まれているのでそれについて触れてみたい。

水稲
 一日に田の水が抜けていく量である減水深が5mm/日以下となり、水持ちが良くなり、自然農法や有機農業の大きな壁となっている雑草抑制を容易に行うことが出来る。また、深水管理が出来、慣行栽培に於いても除草剤の効果が高まり、環境に対する負荷は軽減することが出来る。
中干しの期間を大幅に短縮(1/3)することが出来き、稲が水をほしがる稲刈り間際まで田に水を張っておくことが出来る。排水して3〜4日たてば水はけが良いので大型コンバインでも入ることが出来る。稲刈りのことを考えて早く水を切る必要がない。
また、給排水の時は田の表面からでなく地下に埋設されているパイプから入ったり出たりするので排水堰に土砂やゴミを流出させない。環境に優しい。主な効果だけでもこれだけある。

畑作物
水田の落水後、圃場が短期間に堅く締まるので、畑作に転換しても作業が迅速に行える。畑作転換後自動車が圃場に楽に乗り入れできるようになる。
特に、集団転作をおこなわなくても、周りが水田で単独の転作でも田の周りに明渠排水溝を掘る必要がない。普通入るはずの周りからの水は入ってこない。このことは、機械が圃場に入りやすいのは勿論、圃場の周囲に明きょを掘らなくても良いので面積的にも大きな違いがある。
また、田畑転換が簡単にでき、栽培期間が確保でき計画的な適期栽培と収穫が可能となる。その他にも様々な効果がある。
以上、大変優れた地下灌漑法なのでじっくりと準備をして、多くの人たちのために、自然農法の更なる普及のために広げてゆきたいと思っている。
 この灌漑法は私たちが持っている自然観に合致している。それは、自然に自ずから備わっている機能・能力を最大限に引き出そうという営みでもある。自然には、人間が関わってはいけないことと関わることによって自然がより豊かになることがある。例えば、病害虫や雑草対策などと言って人間が関わりすぎると自然の調和を崩す。逆に水田を作ることによって、蛇やカエル、イナゴ、メダカ、トンボなど多種多様な生物が生まれ、収穫量を上げることが出来る。丁度、赤ちゃんの時は母親から全てが与えられるが、成長するにしたがって今度は与える側に立つことが、人間が大人になった一つの証となる。これと同様に私たちは「自然」から生きて生活するための基本的なものは全て与えられている。しかし、この自然界の中で、全ての生き物が暮らしやすい地球の有り様を考え、積極的に正しい働きかけを行っていくことは、一つの生物種としての「ヒト」から、本来の社会的営みをする「人間」になった証になるのではないかと思う。

 

以上

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