農業の醍醐味.52回


NPO法人関東EM普及協会 名誉会長
(財)自然農法国際研究開発センター 理事長
天野紀宜
有精卵平飼い養鶏場で
高野律雄氏(左)の話を聞く

はじめに

 7月19日、北海道壮瞥町を訪ねた。壮瞥町は北海道の西南部に位置し、洞爺湖に面して有珠山、昭和新山があり、温泉が湧き出している緑に包まれた自然豊かな町であった。壮瞥町では高級菜豆、果物など多くの農産物が生産される農業と観光の町である。この壮瞥町の農場「たつかーむ」(この地が立香という地名に由来)を訪問した。
 
農場「たつかーむ」

 この農場の代表は高野律雄さんで、知的障害者や社会に適応出来ない人達を中心に20名でEMを活用した有畜複合有機農業を経営していた。経営の中心は有精卵平飼いの4,000羽の養鶏と全面積有機JASの畑である。
 33平米(10坪)の四面開放鶏舎が40室あり、1室に雌鳥100羽と雄鳥5羽入れ、完全無薬で、飼育されていた。EMを使用していて鶏舎の中もほとんど臭いはなかった。
 見学した鶏舎には20cm以上の鶏糞が堆積していた。高野さんが手で掘って見せてくれたが、普通、下の方は固まりになってしまうが、下の方までサラサラしていて臭いもわずかであった。「これは、好気性菌から嫌気性菌まで複合さ

れているEMの効果だ」と高野さんは話し、また、「新鮮な空気と、ニワトリがフンをすれば瞬時に発酵が始まる床の状態とで、生態の機能が十分に発揮され、自然の意志に叶っていて病気の出ようが無い」とも話していた。
 他に育雛舎1棟(ワクチンも使用しない無薬)、堆肥舎1棟があった。エサは北海道産の小麦、米ぬかを購入し、畑で採れた青菜やカボチャにEMボカシを与えている。「カボチャをよく食べ、卵の黄身は盛り上がり、自然な色合いになる」と話す。ニワトリの餌は、地域でのリサイクルを考えていた。有機畜産の認定をとるために「海外から有機認定された餌を輸入するようなナンセンスなことはしていない」ときっぱり言う。
勢い良く生長する花豆

この良質な堆肥を活用して7ha(7町歩)の畑作全て有機栽培をしている。堆肥の一部は袋詰めして販売している。家庭菜園用の10Lの小袋もあった。
 農地には、この地の特産物であるトラ豆・黒豆・小豆・大豆などの豆類を中心に年間30〜40品目の野菜を栽培している。年1作が基本の北海道として限界に近い多品目の栽培は、農場の関係者20名が食べることを主とし、余った農産物を他の人に分けるという農業の基本を実践していた。
 この農場で生産できる農作物は農場で消費する10倍程生産が出来ているという。良質なEM入り鶏糞堆肥とEMの活用で、高品質多収穫で病気という病気は発生しないという。葉菜類の虫害はネットで対応していた。ミニトマトはびっしりと実を付け、花豆は勢い良く生長していた。
 
農場の特性
 高野律雄さんは、大学で心理学を専攻し、卒業後世田谷区の家庭児童相談所に勤めた。そこで、障害者の自立とは何かを考えていくうちに、「人が生きて生活してゆく基本は食である。自立させるには、自らの食は自ら確保出来ることであり、先ず、基本の食から取り組むことに思い当たった。そこから、加工や販売など様々なことが派生するのではないか」と考えた。このことを実現するには自分で取り組むしかないと一念発起し、その条件に叶うところを探し始め、行き当たったのがこの壮瞥町であった。昭和61年(1986年)入植した。
 精神障害者、知的障害者はどこにでもいると思ったが、この壮瞥町では少なく、最初は養護学校の卒業生を受け入れた。最近では地元の就職希望者が増えてきている。
 今年の4月、障害者自立支援法という法律が施行されて障害者への国の支援の在り方が大きく変わった。聞かせて頂いたお話を要約すると次のようであった。
 大きな変化は、「精神、知的、身体障害者が一本化され、各施設の報酬も一本化され、実態以上に頂けていた報酬も、より実態に即したものになりおおむね減額されるようになった。更に、介護保険などと同じように定率負担が生まれ、それぞれの施設に通う個人に
1割の自己負担が科せられた。また、就労するための訓練施策である授産施設に入所すると今まではいつまでもいることが出来たが、授産施設がなくなり、就労移行支援施設に変わり年限が切られるようになった」ということである。
 このような変化は、「障害者は働かなくても食べてゆけるというぬるま湯にいつまでもつかっていることは出来ず、障害者といえども自立していかなくてはならない時が来ている」のだと高野さんは話す。
 「たつかーむ」は、厚生労働省から障害者雇用の支援金は頂いていたが、施設として最初から国の支援を頂かず、独立してやって来た。この度の法改正で図らずも、支援を頂けることになったと言う。
 高野さんは、「各施設で、お世話側の健常者も一緒になって働けば、かなりのお金は稼ぎ出せる」と話していた。
 「たつかーむ」では稼ぎ出したお金を健常者、障害者関係なく雇用関係を結んで賃金を出している。一般の施設で「障害者は低賃金であると思っていることは間違いだ」と話す。従って、「たつかーむ」の人達は、「障害基礎年金と給料で同年代の人と収入はそう変わらず、社会的に自立していることにプライドを持っている。その上に農業に取り組み、食を通して地域の人々の健康に寄与しているという誇りを持っている」と話していたが、みんな生き生きとして働いていた。
 自閉症や発達障害を持った人たちは、長く椅子に座っていることは出来ない。その点農場であれば、自然の中で自分にあった仕事を見つけて働くことが出来る。例えば、生き物が好きでニワトリ飼育を担当している人、反対に生き物が苦手でニワトリを怖がるとニワトリに馬鹿にされて攻撃される、そういう人は畑作に取り組む。それぞれ自分にあった働く場を見つけていた。

地域での活動
 高野さんは、地域の様々な活動にも参加している。その一つは、伊達スローフードファクトリーでの活動である。法人化した組織を立ち上げ、地域の農産物の格付け認証機関を作り、地産地消を始めようという活動である。
 メンバーは生産者、イタリアン・和風・中華等料理店の店主、消費者等である。中心になって活動しているのは、エコ・ホテルを目指す伊達市のホテル経営者である。
 2ヶ月に1回の例会を開いている。例会は、イタリアンであったり、中華料理店であったりして、有機野菜や肉、卵のおいしさを実感しながらの例会となる。そこには、お客様である消費者も参加して会が盛り上がる。
 会員の中華料理店では、黄金豚というこだわった飼育をしているメンバーの肉屋の肉をお客様に提供している。卵は、勿論「たかつーむ」の卵であり、野菜も会員の生産者から届けられる。おいしさから、消費者の会員が広がっている。「まず、消費者に味を知って頂くことであり、そこから信頼を勝ち得ていくことだ」と話していた。
 「たつかーむ」で廃鶏になった肉を、親子丼としてランチに出す店が札幌にある。昔ながらの味、歯ごたえで、年配の人に喜ばれているという。こだわりの農産物も、それを理解して消費してくれる人が限られていたり、理解する消費者がいたとしても流通がうまくい。この問題が現在の課題となっている。それを打開して行くには、まず、消費者においしさを知って頂くことだという。体によいから、良質なものを食べるというだけではなく、おいしいから食べる、食を楽しむことである。特に「食の喜びを失ってしまっている子供達に、その喜びを伝えることが大切である」とも話していた。
 次に紹介する活動は、スローシティー運動である。これもヨーロッパから始まった運動で、適正規模を5万人以内として、スローフード、地産地消を目指す運動である。「和食・中華・西洋料理店など、こだわりのお店が1軒ずつ成り立つ規模だ」と言う。これ以上人口が多いと競争が始まる。
 伊達市は、人口約3万9千人で近隣の町村を入れるとちょうど5万人になるという。この範囲で活動を始めた。単なるグリーンツリズムということではなく、農家から観光業者、流通業者、消費者も入った運動である。安心・安全は当然のことながら、ここでも、食を楽しむことを中心としている。
 生命あるものを食べることによって生かされている私達は、生命に対する感謝、その命を絶やすことなく栽培し続けている農業者への感謝、その食を選択し、養ってくれる親への感謝、人生にとって大切な健康を支えてくれる食、それと同じように、食を楽しむことが私達の生き方や暮ら方の中で、大切なことだと思った。
 
おわりに
 その他の活動として、4年前、日本で最初の有機農業協同組合の立ち上げに尽力した。
 高野さんは、時代を先取りし、大地をしっかりとふまえて、常に創造的な生き方をしている。多くのことを学ばせて頂いた訪問であった。

以上

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