農業の醍醐味.55回


NPO法人関東EM普及協会 名誉会長
(財)自然農法国際研究開発センター 理事長
天野紀宜

はじめに
佐々木さんご夫妻

2006年10月宮城県大崎市を訪ねた。平成の大合併で古川市から市名が変わった。大崎市の中沖という集落で、宮城県経済連を退職後、農業生産組織中沖グリーンファームを立ち上げた佐々木一郎さんを訪ねた。佐々木さんの栽培面積は、水田2ha、畑1haで、年間25品目位の野菜と50a大豆を栽培している。79歳と言うが、農業機械を駆使し、頭脳は明晰で、いまだ学ぶ姿勢が旺盛で、静かな闘志、情熱と夢を持ち続けていて現役そのものの佐々木さんであった。また、佐々木さんは、全国に8カ所有る穀物検定協会の作況指数の調査田に指定されている。調査田は環境保全型で、上、中、下と別れ、上に指定されている。収量は10a600kgだった。この全国の8カ所と各県の普及所の調査と併せて作況指数が決まる。

農業生産組合設立の願い
佐々木さんの住む集落は13戸あり、そのうち10戸で組合を作っている。後の2戸からは耕作の依頼を受け、1戸は認定農家で独立している。この組合の特徴は、品目を特定した集落営農でなく、全耕地共同作業の集落営農である。収入は、全収入を耕作面積によって配分するプール計算ではなく、それぞれの農地で生産された分はそのまま、その農家の収入になる。この方がやる気にもなるし、工夫もすると言っていた。
佐々木さんは、この組合の狙いを二つ挙げている。農業の構造改革と農法改革である。
まず、農業構造改革だが、政府はこの問題はお手上げ状態で農家に知恵を絞ってくださいと丸投げだと言う。佐々木さんは、現代日本が抱えている農業問題を象徴する、零細農耕からの解放、集落営農担い手の育成の二つの改革を挙げ具体的に取り組んでいる。
零細農耕からの解放では、機械の共同利用と共同作業によってコストダウンを計り、共同出荷によって有利販売に繋げている。
 組合では、共同の大型機械の支払いが終わったので生産費は30%ダウンしている。今年の米価60kg12,000円でもやっていけるが、他の部落ではやって行けなくなっている。機械は、他の部落の請負などしないで、出来るだけ長持ちするよう大切に使っている。共同出荷は後に触れるが、様々な形で有利販売に繋げている。
集落営農担い手育成は、担い手のない農家が多い集落でも、共同作業によって稲作が続けていけるようにすることである。この組合でも、若手は皆勤めているが、農繁期になると有給休暇を取って大型機械のオペレーターをする。ただ、最終的には専業の担い手育成である。それには、他産業以上の収入の保証をすることであるが、世の中のニーズ、栽培技術の向上、流通の工夫で可能性が見えてきているという。
次に、農法の改革である。それは、不安な食からの解放であり、安全安心な農産物の生産である。
環境保全型農業による集落営農は国の施策であり、普及センターも農協も、減農薬、減化学肥料の指導はするが、有機農業や自然農法についての指導は一切無い。ただ、最近は、農協から有機農業に使える資材を試してもらいたいと言って持って来たり、自然農法の農産物は差別化して買っていただいている。
昨今の米価を考えると、日本の農業団体、農家も沈没せざるを得なくなる。今の米価が60kg(1表)12,000円で、まもなく10,000円になり自由化が進めば5,000円になるという。米を作っていて赤字が増えていくのだから早めに止めた方がよい。農家が農業を止めても、外国の農産物がドンドン入ってくる。困るのは農家だけであると言っていた。これを打開していくのは、本物の安心安全な農作物を栽培し、消費者ニーズに応えることだと言う。先行き真っ暗な日本農業の現状を跳ね返す気力と夢を持っていた。
300kg/10aの大豆

大豆を例にとると、農協の買い入れ価格は60kg7,000円だが、佐々木さんは21,000円で売れた。収量も、この地域で10a(1反)130kgだが、例年240kgの収量があり、今年は300kgいくという。それに、10a当たり転作補助金が6,700円つくので充分経営していくことが出来る。同じ日に植えた慣行農業と並んだ大豆畑を見せていただいた。片方は枯れかけていたが、佐々木さんの大豆は、青々として勢いがあり、草丈の大きさといい実の付きようといい、まるで違っていた。
この大豆は、栃木県の納豆屋さんとの契約栽培で今年は1t卸す。他は、味噌、醤油、豆腐などに加工している。納豆屋さんに、この大豆にすると「やみつきになりますよ」と言ったがその通りになったと言う。「今までにない味が出た。来年からは10t欲しい」と言ってきている。中国に輸出したいと言っている。
米でも、10a当たりこの地域の今年の平均は450kgが600kgの収穫があった。作る自由、売る自由は農法改革ではだいじなことで、米は食糧事務所の許可を得て縁故米として契約栽培や個人宅への宅配をしている。ここでも有利販売が出来ている。
佐々木さんは、今年の自然農法の成績から見ると、安心安全を目指した農法改革には自然農法が最も向いて、これからの農法であると自信を深めていた。
農法改革でもう一つ大切なことは、安心安全な農作物を多くの人達が求めるようになるからだと言う。姪の孫が穀物アレルギーで苦しんでいた。その孫に自然米の米粉で作ったおやつを与えたが全く反応は出なかった。その結果から佐々木さんは、残留農薬がアレルギーに影響しているのではないかと思っている。東北大の近藤先生の講演会で、今の状態で農薬を使い続ければ親が子の葬式を出すようになると聞いたが、その通りだと思うといっていた。佐々木さんは既に病院にも野菜を卸している。
自然農法の農産物の有利販売について、働きかけていけばかなり明るい状況にあるという。既に地元の学校給食に小学校2校、中学校1校に野菜、味噌、豆腐などの加工食品(加工食品は有利販売に繋がる。力を入れるところだという。)を出荷、病院にも出荷が始まっている。栄養士さんが自然農法の野菜が体に良いことを認識している。
大崎市で小中学校の生徒数は8,000名、野菜は年間7,500万円、その半分自然農法で卸しても大変なことになる。病院も求めてくれば大きな事業になる。これを受け入れるには専業の後継者が必要となる。育てていく自信はあると言っていた。
直売所でも見かけは褒められないが、味がまるで違うと買ってくれるお客さんが増えている。ケールは虫が付きやすく、有機栽培は大変難しいが、技術的にクリアーし、10a50万円の収入があった。周年栽培すれば100万円になると言う。学校給食用に栽培していたケールを、新潟の青汁会社が求めてきた。良い物を求めだしている。
今までの農業では先がない。農業構造改善を行い、農法改革を行わなければならない今こそ、皆で自然農法に取り組むときだという。
 この改革を成し遂げていくためには、しっかりした思想と意欲、情熱それを支える技術が必要となる。佐々木さんの今日までの実践はその条件を充分満たすことを物語っていた。
特に佐々木さんが言っていたことは「農産物も生き物、自然の法則に従った生き方が出来るようお世話をしなくてはいけない」「自然農法に取り組んでいる人は、長生きし、生涯現役でなければ嘘である」と言っていた。その言葉には重みがあった。

技術への取組み姿勢と特徴
技術の基本は、自然に逆らわないで、自然に順応することだと言っている。
自然に逆らわないと言うことを稲で説明すると、水温の上がらない5月連休に人間の都合に合わせて田植えをする。手間のかかる補植をしないで良いように密植し、過繁茂となって収量が上がらない。秋、大型機械が田に入れないからと中干しすると、水田の水根が畑根に変わってしまう。根を酸化させないで根の活力を完全登熟迄保つことが大切である。農薬の薬害もいけないと言っていた。昔から「出穂し花水」と言って、穂の出るとき水を切り、花が咲くとき水を入れるこれが自然で、大抵の水田は秋機械が入るという。
自然に順応と言うことでは、太陽の光をより多く利用できる様にし、空気中の窒素をより多く吸収し、綺麗な水で根の生育を助け、水田ではガスを押さえる。この光と空気、水の力を活用することが、自然の能力を引き出すことだという。その為に、適期播種、適期田植え。微生物の餌としての適正な有機物を表層に投入。浅耕起と有機物の分解促進に心がける。また、自然の活力を引き出すためには、EM活性液、ボカシ、EMセラミックスパウダー、ニュートリマー(数万年前地球に堆積した石灰状態のもの)ミネラル等を活用する。波動を挙げることだともいう。具体的な技術では興味深いお話しがいっぱいあったが紙面の関係で省略する。
 佐々木さんの取組と技術は、農文協の「現代農業」に10数回掲載されている。ホームページでも紹介されている。栃木県の納豆やさんからの注文も、平成12年から16年の大豆の有機栽培の記事が縁である。除草剤や農薬を使用している人よりも雑草は少なく全国的に大きな反応があった。昔苦労した水田雑草も拾い草するだけで充分だという。大豆は秋、春2回づつ浅起こしをし、水田はトロ土が出来るよう耕す等、耕起法に力を入れている。
 一玉2kgにもなるという見事なキャベツ畑を見せていただいた。大きな下葉が立っていて、虫にほとんど食われていない。土が育てば、草にも、虫にも負けなくなると言っていた。ただ、初期生育が大切なので、EMパウダーを種にまぶして蒔く、全部発芽もするという。(どの種もパウダーをまぶす)EM活性液の散布の徹底や、木酢、ニーム、ニンニク、唐辛子、醸造酢(葉、稲穂につやが出る、)を予防的に使っている。
 自然観察は徹底していた。水田の雑草の多い少ないという基準は、田一面に出ていれば多く、あちこちに出ているようだと稲は負けないので少ない。水のかかっている水田とは土を握って指の間から水が出る田を言うと、観察の基準をしっかり持って観察している。稲の紋枯病菌など多くの病原菌は田の畦にいること。作物の障害や収量の予測の仕方など多くのことを聞かせていただいた。

おわりに
佐々木さんは、近くの高倉小学校の環境学習の講師もしている。この小学校では、佐々木さんの薦めで平成11年から毎日の給食の残渣をボカシあえし、各学年ごとに教材園として野菜を栽培している。土作りや、健康、環境問題について学んでいる。プール清掃をはじめ学校挙げてEM活用に取り組んでいる。子供達からは先生と呼ばれていると言う。 佐々木さんは、自分で育てた野菜と市販の野菜との糖度をいつも計っている。本物の食べ物を育て、立派に経営して行くにはまだまだ取り組むことはいっぱいあると言っていた。講演会や文献に学び、講習会を開いて多くの人と共に自らも学び、何よりも自然観察を通して自然から学ぶ姿勢と、創造していく意欲は衰えていなかった。
一玉2kgにもなるという見事なキャベツ こちらはケール

以上

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